【竹内由恵・猿田彦珈琲に学ぶ】目標とするスペシャルティコーヒー専門店と対峙/成長の秘訣は?資本金ゼロから全国28店舗展開までの軌跡/元俳優の創業者・大塚朝之が赤裸々に綴る起業秘話【ビジネス虎の巻】
【竹内由恵・猿田彦珈琲に学ぶ】目標とするスペシャルティコーヒー専門店と対峙/成長の秘訣は?資本金ゼロから全国28店舗展開までの軌跡/元俳優の創業者・大塚朝之が赤裸々に綴る起業秘話【ビジネス虎の巻】
30秒サマリー
PIVOT「ビジネス虎の巻」の本回は、コーヒー事業を立ち上げ中の竹内由恵氏が、猿田彦珈琲の創業者・大塚朝之氏に「資本金ゼロから全国28店舗展開」の軌跡を聞いた対談である。大塚氏は元俳優・25歳での廃業からの転身で、資本金ゼロ・友人や親族からの少額融資・DIYで恵比寿1号店を立ち上げたと振り返り、「最初から経営計画はゼロ」「1年半は赤字前提で耐える設計」だったと語った。店舗拡大と品質の両立については「極論、品質は落ちている。ただし上げてもいる」という一見矛盾するスタンスを取り、「AKBのように、お客さんと一緒に成長していくビジネスモデル」を志向していると主張。竹内氏のEC先行戦略については「自分(大塚氏)も同じ立場ならEC先行が合理的」との見立てを示しつつ、自社は「入り口を広くする業態」だから店舗立地に張ると差別化した。
登壇者
- 大塚朝之氏(猿田彦珈琲 創業者): 1981年生まれ、元俳優。25歳で俳優を廃業しコーヒーの道へ。2011年に恵比寿で1号店をオープン。資本金ゼロから全国28店舗(動画タイトル)まで展開。スペシャルティコーヒーの第一人者・丸山健太郎氏(丸山珈琲)と内田氏を「師匠」と呼び尊敬する立場。ビジネス哲学として「お金儲けが第一目的でコーヒーを選ぶ人は変だと思ってしまう」「居場所づくり」を重視。
- 竹内由恵氏(元アナウンサー/コーヒー事業立ち上げ中): 「ビジネス虎の巻」の司会兼質問者。EC先行でコーヒー事業を立ち上げており、店舗展開にも踏み出すべきか悩む立場。猿田彦珈琲を「目標」と公言し、自身の師匠・内田氏を経由して大塚氏と接点を持った。年齢は大塚氏と1〜2歳しか違わない(1981年生まれの大塚氏に対し本人がそう述べた)。
キーポイント
- 資本金ゼロでのスタート: 大塚氏は「資本金ゼロ円で始めた」と明言。元俳優時代に廃棄弁当や廃棄牛乳を貰って凌いでいた状況から、25歳で俳優廃業を決断、コーヒーの道へ転じたと述べた。
- 資金は「友人・親族+融資」の合わせ技: 大塚氏によれば、最初の100万円は「ランチ1回しか食べたことのない元同僚」が事業計画を見て無条件で振り込んでくれた。さらに母・兄・親戚、そして友人20人前後に「10万円貸してくれないなら友人ではない」と電話で迫って集金。オープン後の6月15日頃、昭和信用金庫から350万円の融資を受けた。
- エスプレッソマシンを軸にした「逆算経営」: 開店動機の一つが「エスプレッソマシンを触りたかったから」。マシンのペイバックには1日187杯の販売が必要と計算し、「ある程度いい立地でなければ無理」との結論に至り、恵比寿の家賃30万円・予算3倍超の物件を選んだと述べた。
- DIY(手槍/手鋸)で店舗を作る: 大塚氏は「店舗は機械以外20万円もかからずに作った」と振り返り、当初は手鋸で作業していたが、近所のカーナビ店主・天野氏が「これでは10年かかる」と工具を貸し付け、1週間後には自ら8割方の作業を引き受けて手伝ってくれたエピソードを開示。
- 「店舗オープン直前の貼り紙書き換え」が地元のCMになった: オープン日を「4/28→5/10→5/25→6/8」と何度も書き換えていたら、地元住民が「始まる前に潰れるのでは」と心配し始め、結果として認知度が上がり、6月8日のオープン初日で約400人が来店した。
- 店舗拡大と品質の両立は「矛盾の併存」: 大塚氏は「極論、品質は落ちている/でも上げている」と矛盾形で表現。新人スタッフがコーヒーを淹れる場面では世界チャンピオン経験を持つ伊藤氏と比べれば品質は落ちるが、自身のスキル・組織全体のレベルは継続的に向上していると主張。AKBのように「お客さんと一緒に成長過程を歩んでもらう」ビジネスモデルだと位置づけた。
- ビジネスモデルの差──入り口を広くするか狭くするか: 大塚氏の見立てでは、猿田彦珈琲は「入り口を広くする業態」のためいい立地に張る方が儲かりやすい。一方、竹内氏のような「元から有名な人」がやるならECで「入り口を狭くする」方がブランディング上効く可能性がある。米Onyx Coffeeや、店を作らずラボ+卸のみのCounter Culture Coffeeを「謎めいた感じがかっこいい」例として挙げた。
- コーヒーは「居場所」である: 大塚氏は俳優時代のスランプ期、社会と繋がる場所がスタバぐらいしかなかった経験から「カフェは居場所探しでもある」と振り返る。「お金儲け第一で選ぶ業界ではない」「貧乏な頃の自分が2杯飲める価格」を判断軸にしている。
詳細展開
章1. 大塚朝之という起業家──元俳優・1981年生まれの軌跡
竹内氏は冒頭で「私もいずれ猿田彦珈琲のようになりたい」と公言し、対面の機会を得たことに感謝した。大塚氏は1981年生まれ。竹内氏は「1〜2歳しか違わないのにこんなに成功している」「途中までは私の方がだったと思う」と冗談交じりに切り出し、大塚氏は「全く実感がない」と返した。
主張: 大塚氏は「成功した実感がないし、何かを掴んだ感覚もない」との立場を語った。
コーヒーとの出会い(沖縄・2000年):
- 大塚氏によれば、19歳頃(2000年)に主演映画の撮影で沖縄に行った際、録音部スタッフから「ちょっと怖いから」と喫茶店に連れて行かれ、そこで初めてフルーツのような味のするコーヒーに衝撃を受けたという。
- 「当時はスペシャルティコーヒーという言葉自体を知らなかった」「日本にサードウェイブ的なスペシャルティコーヒーがちょうど入る頃」と位置づけた。
- 東京に戻り、実家近くにスタバができたタイミングで「毎日かっこつけてスタバに通う」生活を始めた。
俳優時代の苦悩:
- 大塚氏は「オーディションを年100回以上受けても受かるのは2〜3個」「ご飯も食べられない」「大学(不登校)に行くと友達に『何の仕事があるの?』と聞かれるのが嫌だった」と当時を述懐。
- 「社会と繋がる場所がスタバぐらいしかなかった」「コーヒー屋は居場所」という現在の経営哲学につながる原体験だと語った。
章2. 25歳での転身と「南蛮屋」での修業
主張: 大塚氏は「25歳で俳優をやめると決めたが、どこのアルバイトの面接にも受からなかった」と振り返り、幼稚園・小学校の親友が店長を務めていた「南蛮屋」(下田の海戸店)に拾われたと述べた。
根拠・エピソード:
- 南蛮屋で初めてブラックコーヒーを飲み「これは難しい商売だ/コーヒー豆屋さんだから、液体のスタバみたいなコーヒーの方がダイレクトに伝わる」と直感。
- 「豆屋ではなく、スペシャルティコーヒーをちゃんと飲ませるカフェ」をやりたいと考えるようになり、その思いから4年弱で実際に開業した。
- 練習用に「廃棄牛乳」を近所のスーパーから貰っていたとも明かした。
章3. 恵比寿1号店オープン(2011年)──資本金ゼロ・予算3倍超物件・DIY
背景: 大塚氏が恵比寿の物件を見つけた時、家賃は約30万円で予算の3倍以上だった。「ある程度いい立地でなければエスプレッソマシンのペイバックは無理」と判断していたため、それでも踏み切ったと述べた。
主張(資金調達): 大塚氏は「資本金ゼロ・経営計画ゼロ」で始めたと明言。
根拠・データ:
- ランチ1回だけ一緒したことのある元同僚に事業計画を見せていた。突然電話がかかってきて口座を聞かれ、5分後に100万円が振り込まれた。
- 母・兄(父は故人)、親戚に依頼。さらに「10万円貸してくれないなら友人ではない」と20人前後の友人に電話。
- 店舗取得費は約260万〜270万円かかった(家賃以外に)。
- オープン直後の6月15日頃、昭和信用金庫から350万円の融資。
- 「月15万円程度の赤字に抑えれば1年半は持つ」と逆算し、1年半は赤字前提で計画。実際1年半後から黒字化。
根拠・データ(DIY店舗作り):
- 機械類を除けば20万円以下で店舗を仕上げた。
- 当初手鋸で作業していたところ、近所のカーナビ店主・天野氏が「手鋸では10年かかる」と工具を貸し付け、後に自ら8割方の作業を引き受けてくれた。
- スタッフは無償で手伝いに来てくれ、給料も「法律違反になる額」しか払えなかった。「今でも感謝している」「数人は今も社内に残り、何人かは独立した」と述べた。
根拠・データ(オープン直前の偶発的バズ):
- オープン日を「3/31(または4/1)借り受け→4/28予定→5/10→5/25→6/8」と何度も貼り紙で書き換えた。
- これを見た地元住民が「始まる前に潰れるのでは」と心配し、結果として地域の話題になった。
- 6月8日のオープン初日に約400人が来店した。
章4. 店舗拡大しながら品質を維持できた理由
竹内氏は内田氏(竹内氏のスペシャルティコーヒー師匠)の言葉を引いて「猿田彦珈琲は店舗を拡大しながら品質も落ちていない、むしろ上がっている。それがすごい」と問いかけた。
主張: 大塚氏は「極論を言えば品質は落ちている/でも品質を上げてもいる。ここが矛盾している」と回答。
根拠・解説:
- 「うちは1ヶ月の新人がコーヒーを淹れる場面もある」「世界チャンピオンの伊藤氏(自社所属)と比べれば全然違う」とし、その意味では品質は落ちていると認める。
- 一方で「自分自身のスキル」「組織のレベル」は始めた頃より上がっており、結果として全体としては品質は上がっていると説明。
- 「うちは『AKB』のように、お客さんに成長過程を一緒に歩んでもらう、ちょっと甘えたビジネスモデル」と位置づけた。
- 「コーヒーは美味しいだけが価値ではない。お客さんへのホスピタリティ、居場所づくりの方が優先」とも述べる立場。
- 「愚直に頑張る」については「みんなそう言うが、僕の方が愚直に頑張っていると言い切れる」とも発言。
章5. ビジネスモデルの違い──「入り口を広くする」vs「狭くする」
竹内氏が「店舗は怖い、ECの方がリスクが抑えられて良いのでは」と相談したことに対する応答。
主張: 大塚氏は「自分(大塚氏)が竹内氏の立場なら、確かにEC先行は合理的かもしれない」と肯定的に評価した。
根拠:
- 米Onyx Coffeeなど、ECで大きく伸びた事例がある。
- カウンターカルチャーコーヒー(Counter Culture Coffee)は店舗を作らずラボと卸のみで、その「謎めいた感じ」がかっこよさになる。スタンプタウン、インテリジェンシアと並ぶ「サードウェイブ3家系」と紹介された。
- 「入り口を広くするビジネスだけでなく、入り口を狭くするビジネスもある(三つ星寿司屋のような分かりにくい立地)」「元から有名な人がやるなら入り口を狭くする方が成立する」と整理。
- 一方で猿田彦珈琲は「入り口を広くする業態」のため、いい立地に高い家賃で出店する方が結果的に儲かるビジネスモデル。「1本路地裏に入った瞬間に儲からない」と差別化。
反論・異論: 竹内氏は「コーヒーで稼げているお店は少なく、店舗で稼ぐコーヒー屋が多いと最近聞いた」と疑義を提示。大塚氏は「今はそうだと思う」「最初の1年半は赤字だった」「黒字化はしやすい時代になったが、環境変化で釣り合いが取れるか自分でも常に問い続けている」と慎重姿勢を保った。
章6. 価格と居場所──スタバへの感情と「2杯飲める価格」
主張: 大塚氏は「スターバックスは正直最近嫌い」と発言しつつ、自分がコーヒーを始めた契機の一つは「スタバのコーヒーがもっと美味しければ自分にとってはベストなコーヒーショップだった」という感情だと述べた。
根拠・解説:
- 「南蛮屋のコーヒーがスタバで飲めたら毎日通うのに」と当時思ったから、品質を上げたコーヒーショップを世の中に増やすことに意義があると考えるようになった。
- だからこそ「拡大したい」「ある程度の価格に抑えたい」というスタンス。
- 「貧乏だった頃の自分が2杯飲める価格でやれた方がいいお客さんが来てくれる」「いろんな人の居場所になる」と価格設計の根拠を語った。
- スキルアップのために「自分で経営した方が早い/丸山健太郎氏や内田氏といった師匠にくっついて学べる」とも述べ、経営者として早期独立を選んだ理由を補足した。
章7. 内田氏との関係と師匠観
主張: 大塚氏は内田氏(竹内氏の師匠でもある)について「すごく公平で正義感のある人」「あえて言うが公平すぎてたまに頭にくる」と尊敬を込めて評した。
根拠・エピソード:
- 大塚氏は最近、社内のメンバー(伊藤氏ら)とバリスタチャンピオンシップに出場し2位・5位・6位に終わり納得できずにいたところ、街で偶然会った内田氏から「懐の深い」一言をもらい腑に落ちた、と回想。
- 丸山健太郎氏(丸山珈琲)も「勝手に師匠と呼んでいる」存在で、「丸山さんや内田さんにくっついて学ぶために自分で経営した方が早かった」と独立動機を語った。
重要な固有名詞・データ
| 項目 | 内容 | 文脈 |
|---|---|---|
| 大塚朝之 | 1981年生まれ、元俳優、猿田彦珈琲 創業者 | 主人公 |
| 竹内由恵 | 司会/元アナウンサー/コーヒー事業立ち上げ中 | 質問者・進行役 |
| 1号店所在地 | 恵比寿 | 大塚氏が「2011年頃にオープン」と発言(具体年は明示なし、後段で「6月8日オープン」と言及) |
| 1号店家賃 | 約30万円/月 | 当時、予算の3倍以上だった |
| 店舗取得費 | 約260〜270万円 | 家賃と別途必要だった |
| 友人からの初期資金 | 100万円(元同僚) | 事業計画を見せた相手から突然振込 |
| 信金融資 | 350万円(昭和信用金庫) | オープン直後の6月15日頃 |
| 月次赤字目標 | 月10〜15万円に抑制 | 1年半持たせる前提の逆算 |
| 黒字化までの期間 | 1年半 | 開業時の計画通りに転換 |
| エスプレッソマシン回収必要杯数 | 1日187杯 | 立地選びの前提となった |
| オープン初日来客数 | 約400人 | 貼り紙書き換えが地元の話題化を呼んだ |
| 出店規模 | 全国28店舗 | 動画タイトル記載 |
| 沖縄でのコーヒー初体験 | 2000年(19歳前後) | サードウェイブ/スペシャルティが日本に入り始めた頃 |
| 南蛮屋 下田海戸店 | 大塚氏の幼少期からの親友が店長 | 25歳の俳優廃業後に拾われた職場 |
| 丸山健太郎氏(丸山珈琲) | 大塚氏が「勝手に師匠」と呼ぶ人物 | スペシャルティコーヒーの先達 |
| 内田氏 | 竹内氏のスペシャルティコーヒーの師匠 | 大塚氏も「先輩・公平な正義感の人」と評する |
| 伊藤氏 | 自社所属、バリスタチャンピオン経験 | 「世界一を本気で目指す集団」の象徴として言及 |
| 天野氏 | 近所のカーナビ店主 | 開店準備時に手鋸からの工具貸与+作業手伝い |
| Onyx Coffee | 米国のコーヒー店、ECで拡大 | EC先行モデルの成功例として大塚氏が紹介 |
| Counter Culture Coffee | サードウェイブ3家系の1つ、店を作らずラボ+卸 | 入り口を狭くする業態の例 |
| Stumptown/Intelligentsia | サードウェイブ3家系 | カウンターカルチャーと並べて紹介 |
| SCAJ | 年に1度の最大級コーヒーイベント | 大塚氏と竹内氏が初対面した場 |
| AKB48 | 拡大時の品質ロジックの比喩 | 「成長過程をファンと一緒に歩む」モデルとして引用 |
アクションインサイト
- 大塚氏の「1日187杯のペイバック逆算」を踏まえれば、機材・固定費の重い業態を立ち上げる際は、家賃の絶対額より「自社のユニットエコノミクスから逆算した必要客数で勝てる立地か」を判断軸に置くという観点が応用可能である。
- 大塚氏の「資本金ゼロ/月10〜15万円赤字を1年半耐える」設計を踏まえれば、初期の資金繰りは「黒字化目標時点」「許容月次赤字」「最低キャッシュ持続月数」の3点をセットで握っておく姿勢が参考になる。
- 大塚氏の「入り口を広くする/狭くする」整理を踏まえれば、自社のブランド前提(既知名度の有無、想定客単価、リピート構造)次第で「立地に張る/ECに張る/ラボ+卸に絞る」のどれが構造的に儲かるかが変わる、という観点で打ち手を点検する余地がある。
- 大塚氏の「お客さんと一緒に成長する」AKB型のスタンスは、サービス開始当初に完璧な品質を出せない事業(特に人依存度の高いサービス業)において、「未完成さを開示して伴走を求める」プロモーション設計の参考になる。ただし、品質コミットの基準を曖昧にする言い訳に転用すると逆効果になり得るため、「成長していることが見える証拠(数字・人材・店舗の進化)」とセットで運用する設計が必要との示唆。
- 大塚氏の議論を踏まえれば、「居場所としての価値」「ホスピタリティ」「貧乏な頃の自分でも2杯飲める価格」という非-味覚要素を価格設計の起点にする発想は、嗜好品系ビジネスの差別化軸を考える上で点検対象になる。
引用したくなる発言
「極論言うと品質落ちてます。でも品質上げてます。ここ矛盾してて。」(大塚氏)
「資本金ゼロ円だったんです。」(大塚氏)
「10万円今貸してくれないんだったら君はもう僕の友人ではありません。」(大塚氏/開業資金集め時の友人への電話の文言として)
「お金儲けめっちゃしたくてコーヒー選んでる人ちょっと変だな、この人とは思っちゃう。」(大塚氏)
「貧乏な頃の自分が2杯ぐらいは飲めるような金額でやれた方がいいお客さんが来てくれるし、いろんな人の居場所になる。」(大塚氏)
「うちは『AKBさん』じゃないですけど、お客さんに成長過程を一緒に歩んでもらってるっていう、ちょっと甘えたビジネスをやれている。」(大塚氏)
「私も、いずれ猿田彦珈琲さんみたいになりたい。」(竹内氏/冒頭で繰り返し公言)
「愚直に頑張るってみんな多分やってることなんですけれども──避難してないけど愚直に頑張ってないかも。僕の方が愚直に頑張ってるってやっぱ言い切れちゃう。」(大塚氏)
関連トピック
- スペシャルティコーヒー/サードウェイブ/3家系(Stumptown、Intelligentsia、Counter Culture Coffee)
- 米Onyx Coffee(EC先行のコーヒー店)
- 丸山珈琲(丸山健太郎氏)
- 内田氏(バリスタチャンピオンシップのジャッジ経験者)
- 南蛮屋(下田海戸店)
- 昭和信用金庫
- SCAJ(Specialty Coffee Association of Japan の年次イベント)
- AKB48(拡大しながら成長するビジネスモデルの比喩)
- スターバックス(大塚氏の起業の原体験/対比対象)
- バリスタチャンピオンシップ
- コンビニのカウンターコーヒー(猿田彦珈琲のもう一つの事業領域として言及)
- DIYでの店舗構築(コスト圧縮策の一例)
- 三つ星寿司屋の立地戦略(入り口を狭くするビジネスの比喩)